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材料開発にAI革命
金属など 「職人技」より効率的

2019/2/17付日本経済新聞 朝刊
自動車や情報機器、生活用品など優れた製品の実現に材料の進化は欠かせない。金属や半導体、セラミックスなどで研究者は経験や勘を頼りに高い機能を出そうと試行錯誤してきたが、最近その様子が変わってきた。人工知能(AI)などの情報技術が最前線で使われだし、人間では思いつかない成果が出始めている。開発現場はにわかに活気づいてきた。

グーグル、スパコン超える 量子計算機、年内に実証へ

米グーグルの量子コンピューターに世界の注目が集まっている。人工知能(AI)や自動運転などソフト技術の巨人だが、量子コンピューターでも先頭を走る。今年中にスーパーコンピューターでは到達できない新たな計算能力を実現できる可能性も出てきた。研究を主導する米カリフォルニア大学サンタバーバラ校のジョン・マルティニス教授を訪ね、最前線を取材した。

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5G 世界が変わる

2019/2/14 日本経済新聞 朝刊

次世代通信規格「5G(第5世代)」に注目が集まっている。現行の通信規格と比べて実効速度が100倍という超高速通信だけではない。通信の遅れがほとんど発生せず、大量のデータを一気に送ることができる。さらに1平方キロメートルあたり100万台までの機器接続が可能だ。自動運転や遠隔医療など社会インフラとしての期待が高まり、大きな変化をもたらす。2019年はそんな5G元年となりそうだ。

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ファーウェイ排除 かさむ5G投資
通信各社、苦渋の見直し 携帯基地局に新興勢も

2019/2/5 日本経済新聞朝刊
中国通信機器の最大手、華為技術(ファーウェイ)を排除する動きが止まらない。米司法省は米社から企業秘密を盗んだとしてファーウェイを起訴。ドイツの通信最大手ドイツテレコムも採用の見直しを検討する。ファーウェイ製品は安く、技術に定評があり欧州でも採用が広がった。各社は安全保障を重視する政府と歩調を合わせながらも、次世代の高速通信「5G」の投資が増える苦渋の選択を迫られている。

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絶体絶命のファーウェイ、西側世界が忌み嫌う理由

福島 香織
2019/01/31 06:00

(福島 香織:ジャーナリスト)
 米司法当局は、カナダで保釈中の中国・華為技術(ファーウェイ)のナンバー2であるCFO・孟晩舟に対して正式に起訴し、彼女の身柄引き渡しをカナダ当局に要求した。中国が、親中派の元カナダ外交官を含む多数のカナダ人の身柄を“人質”にとり、孟晩舟の米引き渡しを阻止しようとカナダ政府に圧力をかけていたが、トルドー政権は、孟晩舟の米身柄引き渡しに反対意見を述べた駐中国カナダ大使を召還するなどしており、孟晩舟は米国に引き渡される公算が強い。そうなると、3カ月停戦中の米中貿易戦争を含め米中冷戦はどこへ向かうのだろうか。
腹を決めざるをえなくなったカナダ政府
 これまでのいきさつを簡単に振り返ると、孟晩舟は昨年(2018年)12月1日に、米国の要請で対イラン制裁に違反したとしてカナダ当局に逮捕された。中国政府はこれに対する事実上の報復措置として、元外交官のコヴリグ氏や実業家のスペイヴァー氏の身柄を、“国家安全を損なう活動に関与”した容疑で拘束。2人とも有名な親中派であったので、これは中国が孟晩舟を取り戻すためのカナダに対する圧力だと解釈された。
 この時期、中国で身柄拘束されたカナダ人は13人以上(後に釈放されたものも含む)。ファーウェイ側の保釈要請を当初拒んでいたカナダ当局も、結局、孟晩舟の保釈を認めざるをえなかった。孟晩舟は1000万カナダドルの保釈金を支払ったほか、ファーウェイ製の電子足かせをつけられ行動範囲を著しく制限されるという屈辱的な条件を飲んで保釈を認められたが、その後はその身柄が米国に引き渡しされるかどうかが焦点になっていた。
 中国側は麻薬密輸容疑で起訴されているカナダ人被告の懲役15年の判決を差し戻して死刑判決にするなど、カナダ政府に圧力をかけ続けてきた。だが、このほど米司法当局がファーウェイ科技と孟晩舟を銀行詐欺、通信詐欺、司法妨害、米Tモバイルからの技術窃取スパイ行為など23件におよぶ罪状で起訴。中国サイドは米国に即刻、孟晩舟の引き渡し要請を撤回するように申し入れている。米中の圧力の板挟みの中で、いよいよトルドー政権も腹を決めざるをえなくなってきたか、というのが原稿執筆時点(1月29日)の状況である。
米中貿易戦争の本質とは
 孟晩舟とファーウェイの運命がどうなるか、は、1月30~31日にワシントンで開かれる米中通商協議(閣僚級)の行方とも関わってくる。
 この協議では、習近平の経済ブレーンである劉鶴(副首相)とライトハイザー(USTR代表)、ムニューシン(財務長官)が3月1日まで猶予が与えられている米中貿易戦争(米国の対中製品関税引き上げ)の落としどころを探るわけだが、当然、ファーウェイ問題も駆け引き材料に使われるだろう。
 米中貿易戦争でより経済的に追い込まれているのは、2018年のGDP成長が28年ぶりの低水準となり、事実上マイナス成長と囁かれている中国側だ。中国側が何をどこまで妥協するか、たとえ妥協を示しても米国側が納得するか、という点は意見がわかれるところだ。今回、中国が米国の農産物や資源を大量に購入し、貿易黒字を思いっきり削減する努力を見せれば、ちょっとは米国も妥協してくれるのか、あるいは知財権窃取を認め、国有企業に対する補助金制度などの撤廃を約束するところまで妥協を強いられるのか、あるいはそもそも米国側には妥協点など見出すつもりもなく、中国の台頭を叩き潰すことが目的なのか。トランプは劉鶴との会談に応じており、多少は中国にメンツを与えるつもりもあるようだが、今回の協議では明快な答えは出まい。
 中国の体制内学者で、最近、中国の国改・政改(政治体制改革)の必要性を公の場でも主張しはじめている人民大学教授の向松祚などは、米中貿易戦争について「これは貿易戦争でも経済戦争でもなくて、米中の価値観の深刻な衝突である」とはっきり指摘している。つまり、本質的には経済・貿易上の条件の妥協で解決する問題ではないのだ、と。

西側社会が受け入れられない中国の所業

 折りしもスイスで開催されていたダボス会議で、投資家ジョージ・ソロスも同じようなことを言っていた。彼の発言は「習近平は開放社会、自由社会の最も危険な敵である」という過激な部分が新聞的には見出しにとられたが、もう1つのポイントは中国が最先端技術を使って、人権弾圧を行っているという点を非難している部分だ。
 ソロスが言うには「中国は世界唯一の独裁国家ではないが、最も豊かで、最強の最先端技術をもつ政権であり、中国の人工知能や機械学習などは監督管理ツールに使われている」「習近平の指導下で、中国は顔認識技術を含む世界最先端のシステムを確立し、国民の識別にこれを利用し、政権に多大な脅威を与えると思われる個人をはじき出し、一党独裁国家の中国において、至高無上の統治権威を打ち建てるというのが習近平の野望だ。中国は先進的な監視監督科学技術を用いることで、習近平は開放社会の最も危険な敵となった」。
「中国はまさに社会信用制度を建設し、中国民衆をコンピューターによって評価し、彼らが国家の脅威となるかどうかによって“処理”している。このシステムがいったん開始されれば、習近平は完全に中国国民をコントロールできるだろう」
 人類の未来の幸福のために使われるべき科学技術を、人権弾圧、民族弾圧のために使っていることは、西側社会のエリート、知識階級を自任する人たちにとっては看過することができない、ということなのだ。ソロスのように、金儲け第一主義のように見え、実際に中国企業に多くの出資をして中国市場で思いっきり儲けて、その経済を後押ししてきたような人物ですら、最終的にはこうした西側知識人の良心の部分を、たとえ建前であったとしても、曲げるわけにはいかない。これが西側民主主義世界の普遍的価値観というものだろう。
 ちなみに、中国の価値観は、人民が最大最凶の暴力装置であり、共産党がその暴力装置である人民に対して、強権を使って支配し、指導し管理しコントロールしなければ、体制や社会の安定が維持できない、というものだ。中国では、人は生まれながらに平等ではなく、支配されるべきものと支配するべきものに分かれている。人類創生の女神の女媧は無知蒙昧な小人と、指導者たる大人を区別して作り上げたのだ。人の上に人をつくらず、という西側の価値観と絶対に噛み合わない。今、14億という膨大な中国人民を一番うまく指導し管理しコントロールできるのは中国共産党であり、共産党体制は絶対維持しなければならない、そこを認めなければ、西側のみなさんも14億市場でお金儲けできませんよ、というのが中国共産党側の言い分である。
 中国側は、14億人口の大規模市場と世界第2位の経済体という武器をつかって、中華的価値観に基づいた中華秩序圏を中国の外側に広げようとしており、その意思は一帯一路戦略などにも表れている。一方、米国はすでに確立している西側の普遍的価値観を基にしたグローバル秩序の勢力圏を中華秩序圏に侵されかねないとの危機感を持ち始め、中国の台頭を抑え込もうとしている。この中華秩序圏の拡大、確立の鍵を握るのがファーウェイなどに代表されるテクノロジーの力なのだ。
 ファーウェイやZTEの技術が次世代通信技術5Gの主導権をとることになれば、米国の危機感は現実のものとなる。なぜなら通信技術は国防の要であり、世界のインフラを動かす技術、つまり世界を支配しうる技術だからだ。しかも、ファーウェイなど中国のテクノロジー企業の技術は、米国に言わせればもともと米国のものであり、それを中国は違法なやり方で奪ったのだ。
 さらに、その違法なやり方で奪った技術で、ジョージ・オーウェルの小説「1984」のようなディストピアを作り、新疆地域ではウイグル人に対して21世紀最悪とも言える民族弾圧、民族浄化、人権弾圧を行っている。
 ファーウェイは、インターネットのファイヤーウォールシステム「金盾工程」の鍵であるA8010リファイナー・ネットワークアクセスサーバーや、AI顔認証システム付き監視カメラネットワーク「天網」や農村の大衆管理システム「雪亮工程」に使われているコアな技術などを提供しており、中国が2020年までに完成させると目標を掲げる社会信用スコアによる人民管理・監視社会実現の鍵となる会社の1つである。
 いくら、西側の投資家や企業たちが中国に儲けさせてもらっていたとしても、その投資が、人権弾圧に使われて、それではあなたの良心は痛まないのか、と問われれば、なかなか返答に困ろう。ファーウェイ製品が安くて品質も良いものだとしても、その会社が中国の激しい人権弾圧に加担している企業だとすれば、西側社会の消費者としては、受け入れられるかどうか、というところに立ち戻る。
習近平は「自由社会の最も危険な敵」
 ファーウェイ問題は、もちろん、国家安全問題に関わるという点も大きい。
 ファーウェイのスパイ行為に関しては、CIAが長らく執念深く追跡しており、米司法当局の今回の孟晩舟の起訴はそれなりの自信をもっているのだろう。起訴状には、Tモバイルのスマートフォン品質検査に使われるロボット「Tappy」の技術を盗もうとファーウェイ社員が密かに写真撮影を行いロボットを持ち出していたという。しかも、ファーウェイがそうした他者技術持ち出しに成功した社員に報奨金を与えており、これが組織ぐるみの犯罪であった証拠のEメールもある、としている。ファーウェイ社員のスパイ行為はポーランドでも発覚しており、今後も同様のケースがいろんな国で明るみになる可能性は大きい。
 こうした情勢を受けて、中国経済に依存していた典型的な親中国家のドイツを含めEU各国がファーウェイ排除に足並みを揃え始めた。米国の圧力に動かされたとも言えるし、実際にファーウェイのスパイ行為が国家安全にとって危険すぎるという認識も芽生え始めただろう。
 だが、私はこうしたEUの動きは、やはり、今の中国との対立が、西側の普遍的価値観、それに基づく良心の選択の結果という面が大きいと思う。もちろん、米国はじめ西側各国が、建前で掲げるように本当に自由や人権やフェアネスを重んじる人々なのか、と言われれば反論は多くあるだろう。西側の国々も搾取や人権弾圧をやってきたし、現在進行形でやっている部分もある。だが、面と向かってその良心を問われれば、ソロスの言うように「習近平は自由社会の最も危険な敵である」という結論に行きつく。

これから何が起きるのか?

 そういう前提で、今後の可能性を考えてみる。孟晩舟は米国に引き渡され、孟晩舟の取り調べから、ファーウェイは丸裸にされ、西側グローバル市場から締め出されたとしよう。ファーウェイと取引のあった西側企業も大きな打撃を受けるだろうが、これは経済利益の問題ではなく、価値観の衝突だとすると、ファーウェイ排除に伴う経済的痛みを企業は我慢するしかない。
 米国主導のファーウェイ潰しは成功し、中国のテクノロジー産業の台頭を抑え込む決定打となり、習近平政権のかかげる中国製造2025戦略自体が根底から揺らぐことになるかもしれない。中国は長い停滞期にはいるかもしれない。
 ここから、ありえそうなもう1つのシナリオは、すでに基礎技術を盗み終わっているファーウェイはじめ中国テクノロジー企業が、米企業からの部品供給を断たれ、追い込まれた結果、自力更生のスローガンどおり、自前の半導体開発などをスピードアップし、西側企業を排除した14億の中国圏市場を独占して、中国圏市場と西側グローバル市場の2つのシステムがすみ分ける「一国二制度」ならぬ「一地球二制度」に世界の経済ルールが再構築される可能性だ。
 だが、そうなると中国は世界を支配するわけではないが、世界の4分の1ぐらいの地域の主導権をにぎり、その支配下では言論統制と政府批判を絶対ゆるさない監視社会が実現し、ウイグルはじめ少数民族や良心的弁護士や知識人たちが弾圧され続けるかもしれない。
 だから、私がむしろ期待するのは、米中貿易戦争から始まった西側と中華圏の価値観の衝突の結果、中国に新たな価値観が生まれることにある。中国が民主化するという単純な結末でないかもしれないが、独裁や共産党による人民支配が唯一の中国経済・社会の安定の道ではないという考えが、そろそろ中国の大衆や知識人から起きてもおかしくない頃合いではないだろうか。最近、体制内知識人から「国改・政改」という言葉が出始めているのを聞くと、そういう期待をもってしまうのだ。

先端技術研究 中国が先行 30テーマ8割で首位
本紙調査 ハイテク覇権、米が警戒

日本経済新聞 朝刊
2018年12月31日

日本経済新聞はオランダ学術情報大手エルゼビアと共同で、各国の研究開発力(総合・経済面きょうのことば)を探るため、世界の研究者が最も注目する先端技術の研究テーマ別ランキングをまとめた。次世代の電気自動車(EV)やロボットなど新産業の要となる電池や新材料などが目立ち、論文数を国別でみると上位30テーマのうち中国が23でトップ。米国の首位は7つにとどまり、ハイテク摩擦の様相を呈する米中の新たな火種になりそうだ。(関連記事企業面に)
調査は2013〜18年のエルゼビアが持つ学術誌などの論文データを基に分析した。閲覧数などをもとに論文の注目度を点数化し、研究テーマごとに点数を集計。高得点の30テーマのランキングをまとめた。テーマを約10万に細分化しており、様々な分野にかかわる人工知能(AI)のようなテーマ設定はない。
調査対象とした論文総数は約1720万件で内訳は中国が約290万件、米国約390万件、日本約77万件だった。

最も注目度が高いのは「ペロブスカイト」という次世代の太陽電池材料だ。現在主流の電池材料であるシリコン半導体に比べて、高効率で安価になる可能性があり世界中で研究開発が活発だ。次いで省電力で高速処理の半導体につながる「単原子層」、安価な電源と期待される「ナトリウムイオン電池」が続いた。
10位までをみると電池関連が5テーマと最多で、携帯端末からEVまで幅広い産業に貢献する先端技術であることが背景にある。次いで多かったのは医療・バイオテクノロジーだ。遺伝子を自由に切り貼りして動植物の品種改良につながる「ゲノム編集」(7位)、ノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑京都大学特別教授が貢献した「免疫療法」(10位)など3テーマが入った。
30の研究テーマについて、どの国の大学や研究機関が論文を公表しているかを調べて論文数に占める国別ランキングもまとめた。その結果、4位までは中国が独占したほか、30位まででも23のテーマでトップとなった。特に「光触媒」(12位)や「核酸を標的にしたがん治療」(14位)は全世界の7割を超えていた。
一方、米国は「ジカウイルスによる感染症」(5位)と「ゲノム編集」(7位)、「免疫療法」(10位)など7テーマで首位だった。日本は「免疫療法」や「二酸化炭素の有効利用」(21位)など3テーマで国別順位が米中に次いで3位だったが、国別で1〜2位になったテーマは一つもなかった。
中国が上位を独占した背景には科学技術研究の強化がある。文部科学省科学技術・学術政策研究所によると、16年の中国の研究費は45兆円と10年前の3.4倍に達し、研究の厚みが増す。「中国製造2025」というハイテク産業の育成策を掲げて製造業の底上げも図る。
中国の論文は「粗製乱造」と皮肉られてきたが、最近は質も高まってきた。中国が14〜16年に発表した論文のうち、引用数が多く優れた論文として一定の評価を得ている論文の割合は、10.9%。米国の15.1%は下回るものの、日本の8.5%を上回った。
中国が先端技術の分野で力を付けていることに米国の警戒感は強い。米トランプ大統領は中国製造2025に対しても批判を続けている。エルゼビアは「中国は日本や米国に比べて実用化を視野に入れて集中投資している」と分析。材料科学の割合が高く「電子デバイスやEVを念頭においた応用研究に力を入れている」としている。

中国「製造2025」後押し 先端研究ランキング
重点分野重なる 産業化にらみ投資加速

日本経済新聞 朝刊
2018年12月31日

電池やバイオなど先端技術の研究テーマ別ランキングで8割の分野でトップに立った中国は、研究開発への投資を加速している。先端研究が5〜20年先の産業競争力につながると見込んでおり、力を入れる研究テーマはハイテク産業育成策「中国製造2025」にも重なる。中国が様々な研究分野で市場を独占する可能性もあり、米国の警戒はさらに高まりそうだ。(1面参照)


文部科学省の科学技術・学術政策研究所によると、中国の研究開発への投資額は2016年に約45兆円で米国の約51兆円に肉薄する。学術誌に投稿された論文数もエルゼビアの調査では、中国は17年で51万件と5年前より27%増えた。米国は56万件だが、同期間で5%増とほぼ横ばいだ。
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中国は産業政策の中国製造2025で、次世代情報技術や新エネルギー車など10の重点分野を設定する。研究力を強化して、25年に世界の製造強国の仲間入りをし、49年に世界のトップ級になることを目指している。
今回の調査で明らかになった中国が独占する研究テーマをみると、中国製造2025で掲げた重点分野を見込んでいるようにみえる。
電池関連の研究は新エネルギー車であるEVや携帯端末、将来のインフラ網を支えるセンサーや機器などの電源になる。半導体の研究は、次世代通信規格「5G」の通信機器などにも役立つ。
新材料の研究は航空宇宙など様々な製造業の低コスト化や高機能化を支え、医療の研究は画期的ながん治療などにつながる。電子機器や医薬品、航空宇宙などのハイテク分野での、製造強国の実現に向けた研究開発の重点化といえる。
現在の中国は家電や自動車などを生産する「世界の工場」だが、部品など基幹技術は欧米や日本が握るとの見方も多い。中国政策に詳しい大和総研の斎藤尚登主席研究員は「中国は輸入依存度の高い分野でも自前で調達できるよう、ハイテク産業の研究などに集中投資している」と指摘する。
このように研究開発から力を入れるのは、大学や企業が取り組む研究が新産業の芽になるからだ。学術的な基礎研究からスタートし実用化を視野に入れた応用研究を経て、製品やサービスとして普及する。長年の研究開発で特許や技術力を取得し、力を蓄えることが産業化の足がかりとなる。
幅広い産業で普及する人工知能も、5〜10年かけた地道な研究が花開いた分野だ。論文は10年前後から増え、翻訳や自動運転、医療などへの応用研究が爆発的に進んだ。
今回の調査で上位を占めた電池分野も同じだ。携帯端末や電気自動車(EV)で普及が進むリチウムイオン電池は1980年ごろに最初の成果が出て論文が増え、00年代に本格的に普及した。
18年にノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑京都大学特別教授が90年代に発見した研究成果も、14年に抗がん剤として商品化した。いずれの分野も、研究開発段階で特許などの技術力を持つ企業などが産業でも力を発揮する流れだ。
米国は先端研究の覇権を長く握っていただけに、中国の存在感が高まることへの警戒感が強い。中国製造2025に批判を強めており、中国の通信機器最大手、華為技術(ファーウェイ)への圧力など新興企業もけん制する。さらに5〜10年先の市場化を見越した研究分野でも独占される恐れが高まれば、米中の「ハイテク摩擦」は一層強まる恐れがある。
一方、日本は次世代技術で存在感がない。30テーマのほぼ全てで論文のシェアが10%以下だ。研究費の総額は16年は18.4兆円で40兆円を超える米中とは大きな開きがある。研究費に占める政府負担の割合も16年で17.4%と20%以上の米中より低い。国際競争力を保つためにも、次世代技術を下支えする政府予算の拡充が求められる。

米、技術流出規制一段と 中国念頭、日本も対象
AIやロボ14分野
日本経済新聞 朝刊

2019年1月11日

米国が先端技術の国外流出に幅広く網をかける。安全保障を目的とする国防権限法(総合2面きょうのことば)に基づき、人工知能(AI)やロボットなど先端技術に関して輸出と投資の両面で規制を大幅に強める見通しとなったためだ。将来の技術覇権を狙う中国を念頭に置くが、規制の対象国に線引きはなく、米中両国で取引がある日本企業も対象になる。日本政府は米政府に情報提供を求める方針だ。(解説経済面に)

米国の規制強化は国防権限法の一部である輸出管理改革法と外国投資リスク審査近代化法に基づく。安全保障上の懸念がある米国からの技術流出を投資と輸出の両面から防ぐのが狙いだ。
最大の特徴は、実用化には時間がかかるが有望な技術の種も含めて規制する点にある。技術革新のスピードが速く、現在の規制が追いついていないとの理由からだ。米商務省はAIなど14分野を例示し、民間からのパブリックコメント(意見公募)を踏まえ、今春にも最終的に決める。
念頭にあるのは中国だ。これまでは中国企業や中国系投資ファンドが米国の新興企業に早めに投資して支配権を握ったり、将来を見越して新技術を中国に持ち出したりすることができた。規制強化でこの穴を封じる。
輸出規制は日本企業も広く影響を受ける見通しだ。14分野の技術を中国企業などに移転するような輸出には米当局の許可が必要になる。米国の特許を使って中国で製品開発をするようなケースが対象になりかねない。
半導体などでは日本企業と米企業などが特許の使用を認め合う「クロスライセンス」が不可欠となっている。ある半導体メーカー幹部は「多くの半導体は米国の特許がないと作れない」と語る。「安全保障上の理由をどこまで広げて解釈されるか分からない」(電機メーカー幹部)との声も多い。部品のサプライチェーンに影響を及ぼす。
AIなどは日本企業も米国で開発を手掛けている。日本の自動車メーカーが米国の研究所で開発したAIを活用し、中国で自動運転車のサービスを始めようとすると「米国発技術の輸出」にあたるとして規制対象となるリスクがある。
18年11月にはLIXILが、米国で事業をするイタリア子会社を中国系企業に売却する際に当局の承認を得られなかった。理由は不明だが、同社は米中摩擦が影響したとみる。こうしたケースが増える恐れがある。
米政府は必ずしも米国を主な拠点としていなくても、安全保障を理由に外国企業も法執行の対象とみなす。米国を含む複数の国で事業をする日本企業が中国に輸出したり、事業を売却したりする場合は米国の審査・規制対象となる。
新たな規制案は民間からの意見を踏まえ最終決定される。詳細設計はこれからで、日本政府の関係者は「米政府の運用次第の面がある」と話す。
過度な規制は米国への投資を鈍らせる。意見公募ではIT業界から研究開発への国内投資が滞ることや、規制への対応で企業負担が増すことを懸念する声が出た。

中国「製造2025」後押し 先端研究ランキング
重点分野重なる 産業化にらみ投資加速
日本経済新聞 朝刊

2018年12月31日

電池やバイオなど先端技術の研究テーマ別ランキングで8割の分野でトップに立った中国は、研究開発への投資を加速している。先端研究が5〜20年先の産業競争力につながると見込んでおり、力を入れる研究テーマはハイテク産業育成策「中国製造2025」にも重なる。中国が様々な研究分野で市場を独占する可能性もあり、米国の警戒はさらに高まりそうだ。

文部科学省の科学技術・学術政策研究所によると、中国の研究開発への投資額は2016年に約45兆円で米国の約51兆円に肉薄する。学術誌に投稿された論文数もエルゼビアの調査では、中国は17年で51万件と5年前より27%増えた。米国は56万件だが、同期間で5%増とほぼ横ばいだ。

中国は産業政策の中国製造2025で、次世代情報技術や新エネルギー車など10の重点分野を設定する。研究力を強化して、25年に世界の製造強国の仲間入りをし、49年に世界のトップ級になることを目指している。
今回の調査で明らかになった中国が独占する研究テーマをみると、中国製造2025で掲げた重点分野を見込んでいるようにみえる。
電池関連の研究は新エネルギー車であるEVや携帯端末、将来のインフラ網を支えるセンサーや機器などの電源になる。半導体の研究は、次世代通信規格「5G」の通信機器などにも役立つ。
新材料の研究は航空宇宙など様々な製造業の低コスト化や高機能化を支え、医療の研究は画期的ながん治療などにつながる。電子機器や医薬品、航空宇宙などのハイテク分野での、製造強国の実現に向けた研究開発の重点化といえる。
現在の中国は家電や自動車などを生産する「世界の工場」だが、部品など基幹技術は欧米や日本が握るとの見方も多い。中国政策に詳しい大和総研の斎藤尚登主席研究員は「中国は輸入依存度の高い分野でも自前で調達できるよう、ハイテク産業の研究などに集中投資している」と指摘する。
このように研究開発から力を入れるのは、大学や企業が取り組む研究が新産業の芽になるからだ。学術的な基礎研究からスタートし実用化を視野に入れた応用研究を経て、製品やサービスとして普及する。長年の研究開発で特許や技術力を取得し、力を蓄えることが産業化の足がかりとなる。
幅広い産業で普及する人工知能も、5〜10年かけた地道な研究が花開いた分野だ。論文は10年前後から増え、翻訳や自動運転、医療などへの応用研究が爆発的に進んだ。
今回の調査で上位を占めた電池分野も同じだ。携帯端末や電気自動車(EV)で普及が進むリチウムイオン電池は1980年ごろに最初の成果が出て論文が増え、00年代に本格的に普及した。
18年にノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑京都大学特別教授が90年代に発見した研究成果も、14年に抗がん剤として商品化した。いずれの分野も、研究開発段階で特許などの技術力を持つ企業などが産業でも力を発揮する流れだ。
米国は先端研究の覇権を長く握っていただけに、中国の存在感が高まることへの警戒感が強い。中国製造2025に批判を強めており、中国の通信機器最大手、華為技術(ファーウェイ)への圧力など新興企業もけん制する。さらに5〜10年先の市場化を見越した研究分野でも独占される恐れが高まれば、米中の「ハイテク摩擦」は一層強まる恐れがある。
一方、日本は次世代技術で存在感がない。30テーマのほぼ全てで論文のシェアが10%以下だ。研究費の総額は16年は18.4兆円で40兆円を超える米中とは大きな開きがある。研究費に占める政府負担の割合も16年で17.4%と20%以上の米中より低い。国際競争力を保つためにも、次世代技術を下支えする政府予算の拡充が求められる。

先端技術研究 中国が先行 30テーマ8割で首位
本紙調査 ハイテク覇権、米が警戒
日本経済新聞 朝刊

2018年12月31日

日本経済新聞はオランダ学術情報大手エルゼビアと共同で、各国の研究開発力(総合・経済面きょうのことば)を探るため、世界の研究者が最も注目する先端技術の研究テーマ別ランキングをまとめた。次世代の電気自動車(EV)やロボットなど新産業の要となる電池や新材料などが目立ち、論文数を国別でみると上位30テーマのうち中国が23でトップ。米国の首位は7つにとどまり、ハイテク摩擦の様相を呈する米中の新たな火種になりそうだ。(関連記事企業面に)
調査は2013〜18年のエルゼビアが持つ学術誌などの論文データを基に分析した。閲覧数などをもとに論文の注目度を点数化し、研究テーマごとに点数を集計。高得点の30テーマのランキングをまとめた。テーマを約10万に細分化しており、様々な分野にかかわる人工知能(AI)のようなテーマ設定はない。
調査対象とした論文総数は約1720万件で内訳は中国が約290万件、米国約390万件、日本約77万件だった。

最も注目度が高いのは「ペロブスカイト」という次世代の太陽電池材料だ。現在主流の電池材料であるシリコン半導体に比べて、高効率で安価になる可能性があり世界中で研究開発が活発だ。次いで省電力で高速処理の半導体につながる「単原子層」、安価な電源と期待される「ナトリウムイオン電池」が続いた。
10位までをみると電池関連が5テーマと最多で、携帯端末からEVまで幅広い産業に貢献する先端技術であることが背景にある。次いで多かったのは医療・バイオテクノロジーだ。遺伝子を自由に切り貼りして動植物の品種改良につながる「ゲノム編集」(7位)、ノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑京都大学特別教授が貢献した「免疫療法」(10位)など3テーマが入った。
30の研究テーマについて、どの国の大学や研究機関が論文を公表しているかを調べて論文数に占める国別ランキングもまとめた。その結果、4位までは中国が独占したほか、30位まででも23のテーマでトップとなった。特に「光触媒」(12位)や「核酸を標的にしたがん治療」(14位)は全世界の7割を超えていた。
一方、米国は「ジカウイルスによる感染症」(5位)と「ゲノム編集」(7位)、「免疫療法」(10位)など7テーマで首位だった。日本は「免疫療法」や「二酸化炭素の有効利用」(21位)など3テーマで国別順位が米中に次いで3位だったが、国別で1〜2位になったテーマは一つもなかった。
中国が上位を独占した背景には科学技術研究の強化がある。文部科学省科学技術・学術政策研究所によると、16年の中国の研究費は45兆円と10年前の3.4倍に達し、研究の厚みが増す。「中国製造2025」というハイテク産業の育成策を掲げて製造業の底上げも図る。
中国の論文は「粗製乱造」と皮肉られてきたが、最近は質も高まってきた。中国が14〜16年に発表した論文のうち、引用数が多く優れた論文として一定の評価を得ている論文の割合は、10.9%。米国の15.1%は下回るものの、日本の8.5%を上回った。
中国が先端技術の分野で力を付けていることに米国の警戒感は強い。米トランプ大統領は中国製造2025に対しても批判を続けている。エルゼビアは「中国は日本や米国に比べて実用化を視野に入れて集中投資している」と分析。材料科学の割合が高く「電子デバイスやEVを念頭においた応用研究に力を入れている」としている。

ファーウェイ、5G半導体を独自開発
脱・米依存狙う

日本経済新聞 朝刊
2019年1月25日

中国通信機器最大手、華為技術(ファーウェイ)は24日、次世代通信規格「5G」向けの半導体を開発したと発表した。近く発売する5G対応のスマートフォン(スマホ)に搭載する。米企業に技術で先行しシェア拡大を狙う。米中対立が先鋭化するなか、米企業などからの半導体調達を減らし、足元で約5割の自給率を7割程度まで高めることを視野に入れる。
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5G対応の半導体「バロン5000」を発表した。現行規格の4Gに比べ10倍の通信速度を実現し、米クアルコムの競合製品に比べ2倍の通信速度を確保した。クアルコムが5G専用の半導体を開発したのに対し、バロン5000は2G、3G、4Gに1枚のチップで対応できるという。4〜6月期に搭載スマホを国内外で発売する計画だ。
ファーウェイはスマホの頭脳を担う半導体の開発に力を入れている。余承東(リチャード・ユー)コンシューマー向け端末事業グループ最高経営責任者(CEO)は日本経済新聞の取材に対し、「自社のスマホに搭載する自社の半導体の比率は現在約5割で、自給率を高めていきたい」と述べた。中国政府が国内の目標とする自給率7割については「可能性はある」とも述べた。
現在は自社のスマホの低価格機種などにクアルコムと台湾の聯発科技(メディアテック)の製品を採用しているという。
CPU(中央演算処理装置)や通信チップなどの半導体はスマホの原価の1〜2割を占め、性能を大きく左右する。クアルコムは昨年12月、CPUの処理性能を従来より最大45%引き上げた半導体を発表した。
ファーウェイは2004年に半導体子会社、海思半導体(ハイシリコン)を設立。18年の売上高は500億元(約8千億円)に達したとみられ、中国では業界最大の売上高だ。同社は半導体の設計に特化し、製造は台湾積体電路製造(TSMC)に委託している。
中国は金額ベースで世界の4割を占める最大の半導体市場だが、国内の自給率は1〜2割とみられる。中国通信機器大手の中興通訊(ZTE)は昨年、米国政府による米企業との取引停止措置を受けて半導体を調達できず、経営危機に陥った。
また基地局を含めたファーウェイの通信機器を巡り、安全保障上の懸念から各国が調達を排除する動きが広がる。
米国の同盟国での逆風が強まるなか、同社の任正非・最高経営責任者(CEO)は5G基地局の契約を結んだアジア・中東や欧州など「当社を歓迎してくれる地域に注力していく」と表明している

「量子」が変えるデジタル革命

日本経済新聞 朝刊
2019年1月24日

米中はIT(情報技術)機器の心臓部、半導体を巡る交渉を貿易摩擦の最後の大きなヤマ場と捉えている。中国は政府のハイテク産業育成策「中国製造2025」の中核事業として半導体チップの自給体制の確立を目指す。だが現状では、半導体は米企業の供給に頼っており、供給が停止されれば、中国のハイテク産業は壊滅的な打撃を被る。
一方、米半導体大手のクアルコムやマイクロン・テクノロジーなどは、チップの多くを中国市場で販売する。また米半導体各社は、主に海外に多くの提携先を持つ。そのため米政府も、米企業や他国企業に影響が及ぶ半導体の対中制裁が難しい。米国の思惑と異なり、半導体の戦いでは、デジタル時代の覇権争いの決着はつかず、量子コンピューターが新たな戦場となろう。
デジタル革命を一変させる量子コンピューターの実用化は数十年後と考えられていたが、2011年にカナダのベンチャー企業Dウエーブ・システムズが商用化を開始。当初、性能は疑問視されたが、15年に米グーグルが「この量子コンピューターの処理速度はスーパーコンピューターの1億倍、消費電力はスパコンの500分の1」と検証。以来、米国ではグーグルやマイクロソフト、インテルやIBMなど、中国は政府と共同でアリババ集団や百度(バイドゥ)が開発に参戦している。
各社は、5〜10量子ビットの量子コンピューターのクラウドサービスをすでに始め、今年中に100、数年後に数百から数千、20年代には数百万個の量子ビットを実現する計画だ。アリババの馬雲(ジャック・マー)会長は「量子コンピューターでは米国の技術をまねることはせず、中国の技術で世界のトップになる」と宣言している。
中国には、競争に勝利し、ハイテク分野での米国の圧倒的優位を覆し、デジタル時代の覇者となる野心がうかがえる。量子コンピューターと人工知能(AI)が結べば、人間の知性をAIが超える「シンギュラリティ」の実現が早まり、人類は異次元の世界に踏み込む。
19年、米中がハードの開発競争を繰り広げるなかで、日本企業には得意のソフト開発に期待がかかる。今後、量子コンピューター関連企業への投資機会は大きく広がり、株式市場も活況を取り戻すであろう。

5Gが変える未来 米見本市CES、構造転換促す
ARで脳手術 遠隔「頭脳」のロボ

日本経済新聞 朝刊
2019年1月11日

米ラスベガスで開催中の家電・技術見本市、CESでは、高速通信規格「5G」が2019年の主役となった。現在の通信の100倍もの速度でデータをやりとりできる5Gは今年から実用化し、つながる車への活用などデータにまつわるビジネスに大きな商機を生み出す。産業構造を大きく変える可能性を秘める一方で、情報インフラを巡る米中の覇権争いが本格化する懸念もある。
「5G」は拡張現実を使った手術支援を可能にする(CESのユーチューブ動画より)

幅広い企業台頭

「5G元年だ」。韓国サムスン電子のキム・ヒョンソク家電部門社長は記者会見でこう宣言した。同社を含め、今年は5Gスマートフォン(スマホ)が世界で30種以上発売される見通し。米国や韓国で商用サービスが始まるからだ。
現行の4Gの通信速度は携帯電話をスマホに進化させた。米アップルや米グーグルなどクラウド技術を活用したIT(情報技術)大手が急成長し、情報の価値が競争力を決める「データ経済」を開いた。5Gはこれをさらに加速させる。
「今後、技術が進化するスピードが一段と速くなるのは確実だ。5Gであらゆることが一変する」。米通信大手ベライゾン・コミュニケーションズのハンス・ベストバーグ最高経営責任者(CEO)は8日の基調講演で力を込めた。
5Gの時代は、様々な産業が「場所」という制約から開放される。通信の遅延の少なさは、これまでITと縁の薄かった産業の変革も促す。
ゴーグルをかけた外科医が患者をみると脳の断面が映し出され、観察したい患部がピンポイントで表示される——。米スタートアップ企業メディヴィスは、拡張現実(AR)を使った手術システムを開発した。
例えば脳の断面図を実際の腫瘍と重ね合わせながら手術することが可能になる。AR用のゴーグルにはクラウドを通じて画像データを読み込んでいるが、従来の通信速度ではデータ処理に遅延が生じるため、安全性が重要な医療現場では実用が難しかった。
韓国IT企業のネイバーは、2本の腕を持つ「ブレーンレスロボット」(頭脳がないロボット)を披露した。頭脳にあたる高性能のコンピューターを分離し、外部から5Gでリアルタイムに操作する。クラウド上にある外部の頭脳が複数のロボットを同時に制御する仕組みで、製造業のデジタル化に寄与しそうだ。
最も震度が大きいのが自動車産業だ。自動運転は車に積んだカメラやレーダーで集めた膨大な情報をクラウドに送り、人工知能(AI)で分析して車をどう動かすかリアルタイムで遠隔処理する。5GとAIの実用化に乗り遅れた企業は、次世代モビリティーの時代には淘汰されかねない。
政治リスク一体
1980年代のCESはパソコンが話題の中心だった。90年代に携帯電話が台頭、2000年代半ばにはスマホが主役となった。日本の家電メーカーはスマホの時代以降、CESでの登場頻度が減った。各時代で先端だった技術は米マイクロソフトやグーグルを成長させ、産業の新陳代謝を促した。
一方、産業構造を変えかねない5G技術は国家をも巻き込み始めている。5Gの通信基地局開発では中国の華為技術(ファーウェイ)と北欧のエリクソン、ノキアが先行する。米トランプ政権は新たな社会インフラともいえる5Gを中国企業に押さえられることを強く警戒している。
ファーウェイ製品の締め出しや幹部のカナダでの逮捕の底流には5Gがあるとされる。ようやく離陸を見せた5Gだが、その普及は政治リスクと無縁ではない。